*[映画・舞台]野のなななのか

時かけを観て、さびしんぼうを観て

だからこれも観たくなって。

コロナの最中、これを観たことに何かの意味を感じる。

共通項は、『死』。

 

 

でもね、この映画観て、

普通にお通夜ができて

死際に会えて看取ることができて

お葬式に人が集まれることが

もはや今は幸せなことなんだ、と

思ってしまった。

 

 

それすらできない今の異常事態。

 

 

亡くなったおじいちゃんが

自分のお通夜にいる、ところがある。

これは私にもわかる。

私の父も自分のお通夜にきっといた。

ずっと見てたし、何なら参加してた。

と、私は感じた。

そんなことも

もしコロナで亡くなっちゃったら

感じることはできない。

 

 

人の死を

きちんと

手順を踏んで看取っていくこと。

お通夜をして葬儀をして初七日をして

49日を済ませること。

そうやって人は

少しずつお別れができるのに

 

 

それすらさせてもらえないコロナって

何様?

 

 

ああ、せっかくの大林作品なのに

コロナがらみのことばかり思ってしまった。

 

 

でも、大林さんの映画への愛は受け取った。

絵が、綺麗。

女優さんたちが、綺麗。

そして、反戦への思いも。

声高に言うんじゃなく

日常会話の中に混ぜて私たちに染み込ませる。

多分今も私達、戦時中なのかもしれない。

大林さん、見守って。

見届けて。

私達、きっと切り抜ける。

またのんびり映画が観られる日々を

取り戻すから。